(オウナ視点)
夜が長い。
彼女がきてからは光を締め切っているので、さらに長い。
まるで自分が夜の住人になってしまったのかと思うほどに。
かぐやの呼吸は浅く、時折ふっと途切れそうになる。
そのたびに胸がぎゅっと掴まれるように痛む。
「……大丈夫よ。ここにいるからね」
そう言いながら、私は彼女の手を握っていた。
本当は不安でしょうがない私の手を握ってもらっているのかもしれない。
少しでもこの子が、生きたいと願ってくれれば…
命をつなぎ止める糸になればいいと願いながら。
こんなふうに誰かの命を預かるのは怖い。
もしこの子が死んでしまったら——
誰も私を責めないだろう。
でも、私はきっと、私のせいだと思うだろう。
見ず知らずの少女。
名前も、過去も知らない。
ただ、突然空から落ちてきて、血と煤にまみれたまま息をしているだけの子。
それなのに、私はこの子の命を預かっている。
あぁ、せめてこの子がもう少し若くなければ…
せめて私より年が上であれば、少しは気が楽だったかもしれない。
ふと、かぐやの顔に目がいった。
「…親子でもおかしくない年齢ね」
思わず、そんな言葉が漏れた。
「私の子でもないのに、責任重大ね。」
普段はこんな意地悪なことばは使わないのに。
私はもう子どもを産める身体じゃない。それは年をとったからじゃない。
翁は特に気にしてはいないけど、私はずっと心のどこかに小さな影を抱えていた。
白い肌。
長いまつ毛。
細くて長い指。
すらっとした手足。
「……なんでこんな子が、こんな目に」
胸が痛くなる。
怒りとも悲しみともつかない感情が、喉の奥に詰まる。
もし私に子どもができていたら——
こんなふうに手を握って、夜明けを待ったのだろうか。
そんなことを考えてしまうほど、
この子はあまりにも儚く、そして美しく見えた。
「……長いまつ毛…そういえば、目元、翁にちょっと似てるかも」
フフッと、自然と笑顔になった。
さすがに、血が繋がっているわけじゃないだろう。
月の人ってみんなこんな綺麗な顔してるのかしら。
気がつけば、義務感だったはずの看護が、
少しずつ、少しずつ、
“この子を助けたい”という気持ちに変わっていく気がする。
そのとき——
かぐやの指が、ほんの少しだけ動いた。
「……っ」
ちゃんと生きている。
この子はまだ、生きようとしている。
私は手を握り直した。
祈るように、願うように。
「……大丈夫よ。大丈夫だからね……」
その瞬間だった。
かぐやの唇が、かすかに震えた。
「……マ……」
息のような声。
夢の中の言葉みたいに弱い声。
「……ママ……?」
私は息を呑んだ。
世界が、音を失ったように静かになった。
胸の奥にずっとかかっていた霧が、すっと晴れていくような感覚。
この子は——
私を呼んだ。
私は母ではないのに。
私はこの子の母ではないのに。
でも、確かに私を呼んだ。
「……大丈夫よ。ここにいるわ」
震えた声で精一杯返す。
なぜだが涙がこぼれそうになった。
私はこの子を助けたい。
義務だからじゃない。
責任だからじゃない。
この子が私を必要としてくれたから。
いや私がこの子を必要としているから。
そして、この子が「ママ」と呼んでくれたから。
夜明けの光が、薄く部屋に差し込んだ。
鳥がまだ鳴かない静かな朝。
「……大丈夫よ。ママはここにいるから…」
私はかぐやの手を握ったまま、
生まれて初めて神に祈った。
どうか私の子を助けてください。
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