(翁視点)
朝日と共に起きるのが、こんなに気持ちいいものだとは思わなかった。
鳥のさえずりも、朝の光も、草についた雨露も、向こうにはなかった。
月の民にとってはこちらの環境は厳しい。
だが、この世界は悪くない。むしろ面白い。
今はオウナがかぐやの看護に専念しているため、オウナがやっていた仕事を私が引き継いでいる。
私の元々の仕事は、しばらく制限してもらっている。
それよりも大事なことが今はある。
水を汲み、道具を整え、畑の端を見回る。
朝の空気は澄んでいる。仕事がしやすい。
そんなとき、背後から声がした。
「おや、翁さん。今日も早いねぇ。」
振り返ると、村の古株の老人が立っていた。
腰は曲がっているが、まだ目は若い。
「最近オウナさんを見ないけど、元気かい?」
「ええ、元気でやってますよ。」
老人はそれ以上、オウナのことも家のことも聞かない。
この距離感がいい。
気を使っているわけでもないのに、ちょうどいい。
「ふーん……翁さん、なんだか嬉しそうじゃないかい。
なにかいいことでもあったのかい?」
私は普段、表情があまり変わらない。
だが、この老人には昔から見透かされる。
「ふっ……ばぁさんには隠し事はできねぇな。」
声が少しだけ柔らかくなった。
「まあ、今は詳しく言えねぇが……確かに嬉しいことはあったさ。」
老人は「そうかい」とだけ言い、それ以上は聞かなかった。
──かぐやが目を覚ました。
まだ油断はできない。
意識が戻っただけで、身体はボロボロだ。
地球の重力に慣れるまで半年はかかる。私がそうだった。
それでも、あの子が意識を取り戻したという事実は十分だ。
オウナも疲れてはいるが、生き生きしている。
二人にしかない距離感があるので、私は邪魔しないようにしている。
オウナの精神も心配だったが、かぐやが良い影響を与えているようだ。
家の空気が少し明るくなった。
その様子を見るたびに、自然と機嫌が良くなる。
老人に見抜かれるほどに。
──そういえば、先日回収した貨物用カプセル。
半分ほどひしゃげて、潰れた鉄の塊になっていた。
あれでよく生きていたものだ。
身体に大きな欠損がないのも奇跡だ。
狭く押し込められていたのが逆に作用したのか。
運が良かっただけか。
それとも別の理由か。
考えても答えは出ない。
今はただ、かぐやを完治させることが先だ。
オウナのように同時にいくつもこなすのは得意ではないが、引き継いだ以上、手は抜けない。
私なりにやるだけだ。
かぐやはしばらく要安静で、容態が落ち着いたら少しずつリハビリを始める予定だ。
リハビリが始まれば私も手伝うつもりだ。
今はまだ安静が優先。
身の回りの世話は同じ女性であるオウナが適任で、私は出る幕がない。
かぐやは若い女性だ。それでいい。
だが、リハビリが始まれば力仕事も増える。
そのときは私の出番もあるだろう。
朝の光が少しずつ差し込み、畑の影が伸びていく。
今日もやることは多い。
だが、嫌ではない。
あの子が生きている。
それだけで十分だ。
—

コメント