◆第8話 地球の朝
(翁視点)
朝の光は強い。
井戸の水を汲む音が、静かに一日の始まりを告げていた。
かぐやはまだ眠っている。
貨物カプセルの片隅に落ちていた識別タグで、名前だけは分かった。
呼吸は浅いが、昨日よりはましだ。
それだけ確認して、外に出た。
土はまだ冷たい。
夜の霧が畑の葉に残り、指先で払うと光が細かく散った。
「おはよう。翁(おきな)さん。」
隣の畑の婆さんが、腰を曲げたまま手を振った。
「月の子、まだ起きないのかい」
「……ああ」
「早く良くなるといいねぇ…」
「まったくだ…」
この村には、ごく少数だが、
昔に“地球送り”にされた月の民の子孫がいる。
この婆さんは地球の出だが、事情を知っている数少ない協力者だ。
こういうとき、ああいう人間の存在は本当にありがたい。
朝の作業を終えて家に戻ると、
刻んだ薬草の匂いが静かに部屋に満ちていた。
「かぐやの様子はどうだ?」
「……悪くないわ。熱も徐々に下がってきているわね。
この星に体が馴染むまでには、まだ時間がかかりそうだけど」
療養室の扉を少しだけ開ける。
かぐやは静かに眠っていた。
黒布で覆われ、部屋は薄暗い。
月の民にとって地球の光は強すぎる。
少しずつ、少しずつ慣れさせていくしかない。
「……大丈夫だ。焦るな」
かぐやに、そして自分に言い聞かせるように呟いた。
外では、村の子どもが走り回る声がした。
「ねぇねぇ、月の子ってどんな顔してるの」
「しーっ、見に行ったら翁に怒られるぞ」
笑い声が風に流れていく。
世界は、こっちの事情なんてお構いなしだ。
かぐやが眠っていても、地球の朝はいつも通りだ。
俺は井戸の水をもう一杯汲んで、
療養室の隅にそっと置いた。
「……今日もやることは山積みだ……」
そう呟いて、扉を静かに閉めた。
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